
離職意向とは何か?「会社を辞めたい」と実際の離職の違いをわかりやすく解説
「この会社を辞めようかな」と考えたことがある人は、決して珍しくありません。仕事に強い不満があるときだけではなく、もっと成長できる環境を求めたとき、生活環境が変わったとき、自分のキャリアについて考え直したときにも、現在の職場を離れるという選択肢は意識されます。
組織行動論や産業・組織心理学では、こうした「現在の組織を離れようとする意思や考え」を捉える概念として、離職意向が研究されてきました。
離職意向は、実際の離職そのものではありません。「辞めたい」と思いながら何年も働き続ける人もいれば、それほど強い不満を抱えていなかった人が、転職機会や生活上の事情によって退職することもあります。人の内側にある意思と、最終的に起こる行動との間には、さまざまな条件が存在します。
この記事では、離職意向とは何かという基本から、実際の離職との違い、職務満足や組織コミットメントとの関係、人はどのような過程を経て退職を考えるのか、そして離職率だけでは見えない組織の状態まで整理していきます。
離職意向とは何か
離職意向(turnover intention / intention to leave)とは、現在所属している組織を離れようとする意思や、その可能性について本人がどの程度考えているかを表す概念です。
研究では、「現在の組織を辞めたいと思っているか」「近い将来に退職するつもりがあるか」「別の仕事を探そうと考えているか」といった質問を通じて測定されることがあります。
ただし、「仕事を辞めたいと思ったことがある」という一時的な感情と、具体的な離職意向は必ずしも同じではありません。
仕事で大きな失敗をした日や、上司との関係で強いストレスを感じた日に、「もう辞めたい」と思うことはあります。しかし、翌日には気持ちが落ち着き、実際には転職について何も考えていないかもしれません。
一方で、表面上は普段どおり働きながら、「半年以内には転職しよう」と考え、求人情報を調べたり、転職活動を始めたりしている人もいます。この場合には、組織を離れることがより具体的な選択肢になっています。
離職意向は、人の内側にある意思を扱う概念です。そのため、外から見える勤務態度だけでは判断できません。毎日きちんと出勤し、仕事をこなし、高い成果を出している人であっても、離職を考えている可能性があります。
離職意向と実際の離職は同じではない
離職意向を理解するうえで最も重要なのは、「辞めようと思っていること」と「実際に辞めること」を区別することです。
実際の離職は行動として観察できます。退職届を提出し、雇用関係が終了すれば、組織側からも離職として確認できます。
しかし、離職意向はその前段階にある心理的な状態です。
離職意向は実際の離職を予測する重要な要因の一つとして研究されていますが、意向を持った人が必ず離職するわけではありません。人間の意思がそのまま行動になるとは限らないからです。
例えば、会社を辞めたいと思っていても、希望する転職先が見つからなければ現在の会社に残ることがあります。収入が途切れることへの不安、家族の生活、住宅ローン、勤務地、年齢、専門性、福利厚生などを考えた結果、退職を見送ることもあるでしょう。
逆に、強い離職意向を持っていなかった人が辞める場合もあります。魅力的な転職の誘いを受けた、家族の事情で転居することになった、独立する機会が生まれた、進学することになったなど、現在の会社への不満とは別の理由によって退職することがあります。
つまり、離職意向と実際の離職には関係がありますが、両者を同一視することはできません。
人はどのように「辞めよう」と考えるのか
離職研究では、人がある日突然会社を辞めるのではなく、心理的な過程を経て離職へ向かうという考え方が長く検討されてきました。
代表的な研究の一つとして知られているのが、1970年代にウィリアム・H・モブリーが示した従業員離職のプロセスモデルです。
このモデルでは、仕事への不満が生じたとき、それがすぐ退職につながるとは考えません。現在の仕事を評価し、不満を感じ、退職することを考え、別の仕事を探すことのコストや可能性を検討し、実際に転職先を探し、現在の仕事と他の選択肢を比較する、といった心理的・行動的な過程が想定されています。
現実の離職が常にこの順序どおりに進むわけではありません。しかし、この考え方が重要なのは、「不満があるから辞める」という単純な因果関係ではなく、その間に複数の判断が存在することを示した点です。
例えば、現在の仕事に不満を感じたとしても、「転職しても状況は変わらないだろう」と考えれば、仕事を探さないかもしれません。反対に、それほど強い不満がなくても、転職市場で自分の専門性が高く評価されることを知れば、他の選択肢を検討し始める可能性があります。
人が組織を離れるという行動は、現在の職場だけを見て決まるものではありません。現在の仕事と、そこから離れた場合に存在する可能性との比較によっても変わります。
職務満足と離職意向の関係
離職意向と深く関係する概念の一つが、職務満足です。
職務満足とは、自分の仕事や仕事上の経験について、どの程度肯定的に評価しているかを表します。仕事内容、給与、上司、同僚、昇進機会、労働条件など、さまざまな側面への評価が含まれます。
仕事への不満が強くなれば、「ここで働き続けるべきだろうか」と考える可能性は高くなります。そのため、職務満足と離職意向との関係は、離職研究における重要なテーマの一つです。
ただし、職務満足が低い人が必ず離職を考えるわけではありません。
例えば、仕事内容には不満があっても、給与や勤務時間、勤務地などの条件を重視して現在の仕事を続ける人がいます。逆に、現在の仕事に十分満足していても、より魅力的な仕事やキャリアの機会が現れれば転職を検討することがあります。
ここで重要なのは、職務満足が「現在の仕事をどう評価しているか」を表すのに対して、離職意向は「現在の組織から離れようと考えているか」を表していることです。
現在をどう評価しているかと、次にどのような行動を取ろうとしているかは、関連しながらも別のものなのです。
組織コミットメントとの関係
組織コミットメントも、離職意向を理解するうえで重要な概念です。
組織コミットメントとは、個人と所属組織との心理的な結びつきを表します。マイヤーとアレンの三要素モデルでは、「この組織にいたい」という情緒的コミットメント、「離れると失うものがあるので、いる必要がある」という継続的コミットメント、「この組織にいるべきだ」という規範的コミットメントが区別されています。
この違いを考えると、同じように離職意向が低い人でも、その理由が異なることが分かります。
会社の目的や仲間に愛着があり、「ここで働き続けたい」と感じているため離職を考えない人がいます。一方で、会社への愛着はそれほどなくても、「今辞めると待遇や安定を失うから」という理由で離職を考えない人もいます。
どちらも調査上は「退職するつもりはない」と回答するかもしれません。しかし、組織との心理的な関係は同じではありません。
これは企業が「離職意向が低い」という結果を見るときにも重要です。辞めたい人が少ないからといって、すべての人がその組織で働きたいと積極的に感じているとは限りません。
エンゲージメントが低いと辞めるのか
ワーク・エンゲイジメントと離職意向も関係する概念です。
ワーク・エンゲイジメントは、仕事に対する「活力」「熱意」「没頭」を特徴とする肯定的な心理状態として研究されています。仕事に意味を感じ、エネルギーを持って取り組んでいる人は、現在の仕事との結びつきも強くなりやすいと考えられます。
しかし、エンゲージメントが高いことと、その会社に残り続けることも同じではありません。
例えば、自分の専門的な仕事に強い熱意を持つ人がいるとします。現在の職場でも仕事に没頭していますが、本人が強く結びついているのは会社ではなく専門分野かもしれません。より大きな挑戦ができる組織から誘われれば、仕事への熱意を保ったまま転職することがあります。
反対に、仕事にほとんど熱意を感じていなくても、生活上の安定を優先して現在の会社に残る人もいます。
人は「仕事」「職業」「組織」に対して、それぞれ異なる関係を持つことができます。離職を理解するときには、この違いを一つにまとめないことが大切です。
「辞めたいのに辞めない」状態はなぜ起こるのか
離職意向について考えると、「辞めたいと思っているなら、なぜ辞めないのか」という疑問が生まれます。
しかし、仕事を辞めることには現実的なコストがあります。
収入がなくなる可能性があります。転職活動には時間が必要です。新しい会社で同じ待遇を得られる保証もありません。住む場所を変えなければならないこともあります。家族の生活や子どもの学校、介護などが関係する場合もあります。
さらに、長く働いてきた会社であれば、人間関係や社内での地位、積み重ねてきた専門性、福利厚生などを失う可能性があります。
そのため、「辞めたい」という心理状態と、「実際に辞めることができる」という現実的な条件は別です。
この違いを理解しないと、組織側は「本当に不満なら辞めればいい」「辞めていないのだから問題はない」と考えてしまうことがあります。
しかし、離職意向を持ちながら働き続けている人が多数いる組織では、離職率だけを見ても内部の状態を把握できません。
人が会社に残っているという事実は、その人が会社に満足していることの証明にはならないのです。
不満がなくても人は辞める
反対に、「特に不満がなかったのに、なぜ辞めたのだろう」と思われる離職もあります。
離職研究では、仕事への不満から徐々に退職へ向かう経路だけでは、すべての離職を説明できないことが指摘されてきました。
例えば、思いがけない出来事がキャリアを考え直すきっかけになることがあります。突然魅力的な仕事の誘いを受ける。家族が遠方へ転勤する。経営者から独立を誘われる。資格を取得して新しい分野へ進めるようになる。親の介護が必要になる。
このような出来事によって、それまで積極的に退職を考えていなかった人が、自分の仕事や人生について改めて考え始めることがあります。
1990年代にテレンス・ミッチェルやトーマス・リーらによって発展した「離職の展開モデル(unfolding model of turnover)」では、こうした出来事を「ショック」として捉え、従来の職務不満を中心とした離職モデルとは異なる経路が検討されました。
ここでいうショックは、必ずしも悪い出来事を意味しません。昇進を逃したことのような否定的な出来事もあれば、思いがけない好条件のオファーのような肯定的な出来事もあります。
つまり、人が会社を辞める理由をすべて「会社への不満」で説明することはできません。
離職には自発的なものと非自発的なものがある
離職について考えるときには、離職意向が関係する範囲も理解しておく必要があります。
離職には、大きく分けて本人の意思による自発的離職と、解雇や雇用契約の終了など本人の意思だけでは決まらない非自発的離職があります。
離職意向が主に関係するのは、自発的離職です。
さらに自発的離職の中にも、組織として引き留めたい人材の離職と、必ずしもそうではない離職があります。すべての離職を一つの数字として扱うと、組織にとって何が起きているのか分かりにくくなることがあります。
例えば、年間離職率が同じ10%の二つの企業があったとしても、一方では定年やキャリア転換による自然な離職が中心で、もう一方では入社数年以内の優秀な社員が次々と辞めているかもしれません。
数字は同じでも、組織が抱えている問題はまったく異なります。
離職率だけでは組織の状態は分からない
企業では、組織の状態を把握するために離職率が使われることがあります。離職率は重要な指標ですが、それだけで「良い組織」「悪い組織」を判断することはできません。
離職率が低いことは、一見すると望ましい状態に見えます。人材が定着すれば、採用や教育のコストを抑えやすくなり、経験や知識も組織内に蓄積されます。
しかし、離職率が低い理由が、働く人が会社を好きだからとは限りません。
地域に他の雇用機会が少ない。転職すると給与が大幅に下がる。長期勤続による待遇を失いたくない。年齢や専門性から転職が難しいと感じている。このような条件によって人が残っている場合もあります。
逆に、離職率が比較的高くても、それだけで組織に問題があるとは言えません。人材の移動が一般的な業界や、一定期間の経験を経て独立することが自然な職業もあります。
離職率は「何人が辞めたか」を示しますが、「なぜ辞めたのか」「残っている人はなぜ残っているのか」までは教えてくれません。
組織を見るためには、結果としての離職率と、その前に存在する人の認識や経験を分けて考える必要があります。
離職意向を「社員の問題」にしない
社員が「辞めたい」と感じているとき、それを本人の忍耐力や忠誠心の問題として捉えることがあります。しかし、離職意向が生まれる背景には、仕事や組織の構造が関係している場合があります。
仕事量が恒常的に過大である。役割が曖昧である。責任だけが大きく、必要な権限が与えられていない。上司から適切な支援を受けられない。努力と評価の関係が分からない。成長できる機会がない。組織の価値観と自分の価値観が大きく異なる。
このような経験が積み重なれば、「別の場所で働いた方がよいのではないか」と考えることは不自然ではありません。
もちろん、すべての離職意向を組織が解消できるわけではありません。人にはそれぞれの人生やキャリアがあり、組織を離れることが本人にとって適切な選択である場合もあります。
重要なのは、「辞めたい人をどう引き留めるか」という問いだけにしないことです。
なぜその人は現在の組織を離れることを考えるようになったのか。その背景に本人のキャリア上の変化があるのか、生活上の事情があるのか、それとも組織の中で繰り返されている問題があるのか。
離職意向は、本人を評価する材料というより、人と組織との関係に何が起きているのかを見る一つの情報として捉えることができます。
「辞めない組織」をつくればよいのか
離職について考えていくと、「どうすれば社員が辞めない会社をつくれるか」という問いに行き着きやすくなります。
しかし、離職をゼロにすることが理想的な組織とは限りません。
人は成長し、価値観も生活も変化します。ある時期には非常に合っていた仕事が、数年後にはその人の方向性と合わなくなることがあります。新しい分野へ進むために会社を離れることもあれば、独立する人もいます。
組織にとっても、人の入れ替わりによって新しい知識や経験が入ってくることがあります。一定の人材移動は、組織にとって自然な現象でもあります。
問題になるのは、離職そのものよりも、本来その組織で働き続けたい人まで、避けられたはずの理由によって離れていく状態です。
例えば、仕事には意味を感じているのに上司との関係だけを理由に辞める。能力を生かしたいのに権限がなく、何年経っても仕事の幅が広がらないため辞める。改善を何度提案しても扱われず、「ここでは何も変わらない」と感じて辞める。
こうした離職が繰り返されているのであれば、個人の選択だけではなく、組織側の条件を見る必要があります。
目指すべきなのは、誰も辞めない組織ではなく、人が残る場合にも離れる場合にも、その選択がどのような関係や条件の中から生まれているのかを理解できる組織なのかもしれません。
離職意向から人と組織の関係を見る
ここまで扱ってきたモチベーション、エンゲージメント、組織コミットメント、職務満足、そして離職意向は、それぞれ異なる概念です。
モチベーションは、人がなぜ行動するのかを扱います。ワーク・エンゲイジメントは、仕事への活力や熱意、没頭を捉えます。組織コミットメントは、人と組織との心理的な結びつきを見ます。職務満足は、自分の仕事をどのように評価しているかを表します。そして離職意向は、その組織から離れようとする意思に焦点を当てます。
現実の人間の中では、これらが同時に存在しています。
仕事には強く没頭している。仕事内容にも満足している。しかし、会社そのものへの愛着はそれほど強くなく、より良い機会があれば転職したい。
あるいは、仕事にはあまり満足していない。それでも会社の仲間には強い愛着があり、今のところ辞めるつもりはない。
また、会社にも仕事にも不満があり、辞めたいと思っている。しかし、生活上の事情から当面は残らざるを得ない。
このように、人と仕事・組織との関係は、一つの「満足度」や「やる気」だけでは捉えられません。
離職意向という概念を理解すると、「辞めたか、辞めなかったか」という結果だけでは見えなかった、その手前にある人の認識や判断が見えてきます。
人が組織に残っていることと、その組織にいたいと思っていることは同じではありません。そして、人が組織を離れることと、その組織を嫌っていたことも同じではありません。
その違いを理解することが、人と組織との関係をより正確に見るための一つの出発点になります。
まとめ
離職意向とは、現在所属している組織を離れようとする意思や、その可能性について本人がどの程度考えているかを表す概念です。実際の離職とは異なり、人の内側にある心理的な状態を扱います。
離職意向は実際の離職と関係しますが、「辞めたいと思えば必ず辞める」というものではありません。転職機会、収入、家族、勤務地、キャリアなど多くの条件が、意思と行動の間に存在します。また、強い不満がなくても、魅力的な機会や生活上の変化などをきっかけに退職することがあります。
職務満足、組織コミットメント、ワーク・エンゲイジメントなども離職意向と関係しますが、それぞれが捉えているものは異なります。仕事に満足していること、会社への愛着があること、仕事に熱意を持っていること、会社を辞めるつもりがないことは、重なる部分を持ちながらも同じ状態ではありません。
また、離職率が低いからといって、必ずしも組織が健全であるとは限りません。辞めたくても辞められない人が多ければ、離職率には表れない問題が存在する可能性があります。反対に、人材移動が自然な職業や業界では、一定の離職があること自体を問題とは言えません。
離職意向を見る意味は、単に「誰が辞めそうか」を予測することだけにありません。なぜ人がその場所を離れようと考えるのか、あるいはなぜそこに残ろうとするのかを通して、人と仕事、人と組織との関係を理解することにあります。