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冗長な文章とは?伝わりにくくなる原因と文章の整え方

文章を書き終えて読み返したとき、「言いたいことは分かるけれど、少しくどい」「同じところを何度も読んでいるように感じる」と思うことがあります。

このような文章について、「冗長」という言葉が使われることがあります。冗長な文章とは、簡単にいえば、伝えたい内容に対して必要以上の言葉や説明が重なり、文章が間延びしている状態です。

ただし、文章が長いことと、冗長であることは同じではありません。複雑な内容を正確に説明するためには、長い文章が必要になることもあります。反対に、わずか数行の文章でも、同じ意味を繰り返していれば冗長に感じられることがあります。

では、何が文章を冗長にするのでしょうか。重複表現や不要な前置き、意味の薄い言葉、接続表現の使いすぎなど、冗長さが生まれる主な原因を見ながら、必要な情報を残して文章を整える考え方を解説します。

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冗長な文章とは何か

「冗長」には、必要以上に長く、無駄が多いという意味があります。文章について使う場合には、伝えたい内容に対して言葉や説明が必要以上に多くなっている状態を指します。

たとえば、「事前にあらかじめ確認する」という表現では、「事前に」と「あらかじめ」がほぼ同じ意味を持っています。「まず最初に」「後で後悔する」「一番最初」のような表現も、意味の重なりを含んでいます。

しかし、冗長さはこのような分かりやすい重複だけから生まれるわけではありません。同じ説明を少しずつ言い換えながら繰り返したり、本題へ入るまでに長い前置きを置いたり、一つの内容に必要以上の補足を重ねたりすることでも、文章は冗長になります。

そのため、冗長な文章を見直すときには、「何文字あるか」ではなく、「この言葉や説明は、伝えたい内容にどのような役割を持っているのか」を見る必要があります。

 

長い文章と冗長な文章は同じではない

文章を読みやすくする方法として、「短く書くこと」が勧められることがあります。確かに、必要以上に長い文や説明を整理すると、内容を理解しやすくなる場合があります。

しかし、長い文章そのものが悪いわけではありません。歴史的な出来事の背景を説明したり、複数の研究結果を比較したり、ある制度の仕組みを丁寧に説明したりする場合には、相応の情報量が必要です。それを無理に短くすれば、重要な条件や背景が失われることがあります。

たとえば、「この制度には問題がある」とだけ書けば短くなります。しかし、どのような制度なのか、何が問題なのか、誰にどのような影響があるのかを説明しなければ、読み手は判断できません。こうした説明は文章を長くしますが、内容を理解するために必要な情報です。

冗長さを考えるときに重要なのは、文章の絶対的な長さではなく、伝える内容に対して言葉が過剰になっているかどうかです。必要な説明によって長くなっている文章と、同じ意味を何度も重ねて長くなっている文章は区別する必要があります。

 

なぜ文章は冗長になるのか

文章が冗長になる理由の一つは、書き手が「十分に伝わっているか」を心配することです。一度説明しただけでは足りないように感じ、別の表現でもう一度説明する。さらに具体例を加え、念のため補足を入れる。その結果、同じ中心内容の周囲に似た説明が重なっていくことがあります。

また、書きながら考えている場合にも冗長さは生まれやすくなります。最初に曖昧な説明を書き、その後でより適切な説明を思いついて追加する。しかし最初の説明を削らずに残しているため、似た内容が連続するという状態です。

丁寧に書こうとする意識が、言葉を増やすことにつながる場合もあります。「〜ということができます」「〜ということになると考えられます」「〜であると言えるのではないでしょうか」のような表現を重ねると、一つの内容を伝えるために多くの言葉が必要になります。

つまり、冗長さは単に文章力が不足しているから生じるとは限りません。むしろ、正確に伝えたい、丁寧に説明したい、誤解されたくないという意識から生まれることもあります。問題は、その配慮が本当に読み手の理解を助けているかどうかです。

 

同じ意味を重ねる重複表現

冗長さを見つけやすいものの一つが、意味の重なる言葉を組み合わせた表現です。

「事前にあらかじめ準備する」であれば、「事前に」と「あらかじめ」のどちらか一方でも意味は伝わります。「約10人ほど」では、「約」と「ほど」が同じように概数を示しています。「まだ未完成」も、「まだ」と「未」の意味が重なっています。

このような表現は、話し言葉では自然に使われることがあります。強調するために意図的に重ねる場合もあるため、すべてを機械的に誤りと考える必要はありません。

ただし、説明文や報告書など、情報を明確に伝えることが目的の文章では、意味の重なりを整理すると文章がすっきりします。「この二つの言葉は、それぞれ別の情報を加えているか」と考えると、不要な重複を見つけやすくなります。

 

同じ説明を言い換えて繰り返す

単語の重複より気づきにくいのが、文や段落の単位で同じ内容を繰り返すことです。

たとえば、「文章を書くには、読み手を意識することが重要です」と説明したあとに、「書き手だけでなく、読む人の立場から文章を見る必要があります」と続け、さらに「自分が分かる文章ではなく、相手が理解できる文章を書くことが大切です」と書いたとします。

三つの文には多少の違いがありますが、中心となる内容はかなり近いものです。意図的に段階をつけて説明しているのでなければ、一つか二つの文にまとめられる可能性があります。

このタイプの冗長さは、一文ずつ読むだけでは見つけにくいことがあります。それぞれの文は自然で、内容も間違っていないからです。段落全体を見て、「結局、この段落では何を何回説明しているのか」と考える必要があります。

 

前置きが長すぎる

本題へ入る前の前置きも、文章を冗長にすることがあります。

「これは多くの人がすでに知っていることかもしれませんが、改めて考えてみると非常に重要なことであり、ここで一度確認しておく必要があると思います。それは、睡眠が健康にとって重要だということです。」

この文章では、「睡眠が健康にとって重要である」という中心内容へ到達するまでに、多くの言葉が置かれています。前置きそのものに意味がないわけではありませんが、読み手にとって必要な情報なのかを考える余地があります。

導入や前置きには、文脈を作ったり、読み手の関心を引いたり、これから扱う問題の位置づけを示したりする役割があります。その役割を果たしているのであれば、一定の長さがあっても冗長とは限りません。

一方、「本題へ入る前に何か言っておかなければならない」という理由だけで置かれている文章は、削っても内容が変わらないことがあります。前置きを見直すときには、短いか長いかではなく、本題を理解するための準備になっているかを見ることが大切です。

 

意味の薄い言葉が重なる

一つひとつは自然な言葉でも、重なることで文を長くする表現があります。

「〜ということ」「〜というもの」「〜することができる」「〜という形になります」「〜という点において」などは、必要な場面もありますが、繰り返し使うと文章が重くなることがあります。

たとえば、「文章を短くすることができる方法です」は、「文章を短くできる方法です」と書けます。「確認を行うことが必要です」は、「確認する必要があります」とすることもできます。

ただし、「することができる」を見つけたらすべて「できる」に変える、といった機械的な修正は適切とは限りません。前後の文体や強調したい内容によっては、元の表現が自然な場合もあります。

大切なのは、特定の言葉を禁止することではなく、その表現が文の中で必要な働きをしているかを見ることです。

 

接続詞や接続表現が多すぎる

文章の流れを分かりやすくするために、「しかし」「そのため」「また」「つまり」「一方で」といった接続詞や接続表現を使います。これらは文や段落の関係を読み手へ示す重要な手がかりです。

一方で、すべての文の冒頭に接続詞を置くと、文章がかえって重くなることがあります。前後の関係が内容から明らかであれば、接続詞を書かなくても自然につながる場合があるからです。

特に「また」を使って情報を次々に追加したり、「つまり」で直前の内容を毎回言い換えたりすると、文章の構造そのものが単調になることがあります。

接続詞を削る目的は、単に文字数を減らすことではありません。接続詞がなくても関係が伝わるほど、文や段落の配置そのものが整理されているかを見ることです。必要な場所には残し、関係が明らかな場所では省く。その判断によって文章の流れが自然になります。

 

修飾語を重ねすぎる

名詞や動詞を詳しく説明する修飾語も、文章を豊かにする一方で、重なりすぎると中心が見えにくくなります。

「非常に重要で大切な基本的な考え方」という表現では、「重要」「大切」「基本的」が一つの名詞へ集中しています。書き手としては強く伝えたいのかもしれませんが、どの言葉が本当に必要なのかが曖昧になります。

形容詞や副詞を増やすほど意味が正確になるとは限りません。「とても」「非常に」「かなり」「極めて」といった程度を示す言葉も、頻繁に使えば強調の効果が弱くなります。

修飾語を見直すときには、「これを削ると意味が変わるか」「具体的な情報を加えているか」を考えると判断しやすくなります。強調したいのであれば、言葉を重ねるより、なぜ重要なのかを具体的に説明したほうが伝わる場合もあります。

 

丁寧な文章と冗長な文章の違い

冗長さを避けようとすると、丁寧な説明まで削ってしまうことがあります。しかし、丁寧であることと冗長であることは同じではありません。

初めてその概念を知る読者へ専門用語を説明すること、誤解されやすい点について補足すること、例を示して抽象的な内容を具体化すること。これらは文章を長くしますが、読み手の理解を助けるために必要な場合があります。

反対に、専門用語を説明せず短い文章だけを置けば、文字数は少なくても分かりにくい文章になります。簡潔さだけを優先すると、書き手と読み手の知識の差を埋める情報まで失われることがあるのです。

丁寧な説明は、読み手に新しい情報を渡します。冗長な説明は、すでに渡した情報を必要以上に重ねます。この違いを見ると、「削るべき説明」と「残すべき説明」を判断しやすくなります。

 

繰り返しには意味がある場合もある

同じ内容を繰り返すことが、必ず冗長になるわけでもありません。

重要な概念を別の角度から説明する場合や、長い文章の途中で中心となる論点を確認する場合には、ある程度の反復が読み手の理解を助けることがあります。教育的な文章では、新しい概念を定着させるために、説明、具体例、言い換えを重ねることもあります。

また、文学やエッセイでは、同じ言葉や構文を意図的に反復することで、リズムや感情の強さを生み出すことがあります。このような反復は、単なる無駄とは言えません。

違いは、その繰り返しに役割があるかどうかです。読み手の理解を深める、意味を強調する、文章にリズムを作るなどの働きがあれば、反復には意味があります。前とほとんど同じ情報を無意識にもう一度書いているだけなら、冗長である可能性があります。

 

冗長な文章はどのように見つけるのか

自分で書いた文章の冗長さは、書いている最中には気づきにくいものです。書き手は何を伝えたいのかをすでに知っているため、多少説明が重なっていても自然に読めてしまうからです。

見直すときには、まず段落ごとに「ここでは何を伝えているのか」を短く言い換えてみる方法があります。隣り合う二つの段落がほぼ同じ内容になっていれば、統合できるかもしれません。一つの段落の中で似た意味の文が続いていれば、どちらかを削るか、役割を分けることができます。

一文単位では、「この言葉を削ると意味が変わるか」を確認します。削っても意味もニュアンスもほとんど変わらない言葉が何度も現れるなら、整理できる可能性があります。

時間を置いて読み直したり、声に出して読んだりすることも役立ちます。書いているときには気づかなかった繰り返しや、なかなか本題へ進まない箇所を感じ取りやすくなることがあります。

こうした文章の見直しを支援するツールの一つに「文賢」があります。文賢は、AIと独自のアルゴリズムを活用して、文章の校正や推敲を支援するクラウドツールです。

文賢には、独自のルールによって「冗長な表現」をチェックする機能があり、自分では気づきにくい言い回しを見直すための手がかりとして利用できます。また、AIアシストによる読みやすさのチェックやリライトなど、文章を整えるための機能も用意されています。

ただし、この記事で見てきたように、長い表現や繰り返しがすべて不要とは限りません。説明に必要な情報や、意図して置かれた反復まで機械的に削るのではなく、ツールの指摘を一つの手がかりとして、最終的には書き手自身が文章の目的や文脈に合わせて判断することが大切です。

→ あなたの文章をもっと読みやすく。文章作成アドバイスツール【文賢】

 

文章を削る前に、何を伝えたいのかを確認する

冗長な文章を整えるとき、いきなり言葉を削り始めると、本来必要だった情報まで失うことがあります。

先に確認したいのは、その文や段落で何を伝えたいのかです。中心となる内容が分かれば、それを支える説明と、なくても意味が変わらない説明を区別しやすくなります。

たとえば、一つの段落で「なぜ運動が睡眠に関係するのか」を説明したいのであれば、その理由を理解するために必要な仕組みや研究結果は残します。一方、すでに説明した「運動は睡眠に関係する」という結論を何度も言い換えている部分は、整理できるかもしれません。

削ることを目的にするのではなく、中心を明確にする。その結果として不要な部分が見えてくる、という順序で考えると、内容を痩せさせずに文章を整えやすくなります。

 

一文だけでなく段落単位で整える

冗長さは、一文の中だけで起こるものではありません。一文ずつ見れば簡潔でも、段落全体では同じ説明を繰り返していることがあります。

そのため、文章を整えるときには、一文の言い回しを直す作業と、段落の役割を確認する作業の両方が必要です。一つの段落に複数の中心があれば分ける。同じ中心を持つ段落が続いていれば統合する。前後を入れ替えれば説明の重複を減らせる場合もあります。

文章の冗長さを「言葉が多い」という問題だけで捉えると、単語を削ることばかりに目が向きます。しかし実際には、文章の構成が整理されていないために、同じ説明が複数の場所へ現れていることもあります。

文章全体の構造が整えば、細かな言葉を大量に削らなくても、自然に重複が減ることがあります。

 

文章を短くすることを目的にしない

冗長な文章を整える目的は、文字数をできるだけ少なくすることではありません。

必要な説明まで削れば、文章は短くなっても情報が不足します。背景を知らない読者には意味が分からなくなったり、条件や例外が抜けて誤解を招いたりすることもあります。

反対に、必要な情報が十分にあり、それぞれの文や段落に役割があるなら、文章が長くても冗長とは限りません。読み手が内容を理解するために必要な長さであれば、その長さには意味があります。

目指したいのは、「これ以上短くできない文章」ではなく、「必要なものがあり、不要なものが少ない文章」です。文章の長さは、その結果として決まります。

 

冗長さを見直すと、文章の中心が見えてくる

冗長な部分を探す作業は、単なる文章の掃除ではありません。どの情報が重要で、どの説明がそれを支え、どの言葉がなくても意味が変わらないのかを考える作業でもあります。

同じ説明を何度も書いていたことに気づけば、「本当に伝えたいことはここなのだ」と分かることがあります。長い前置きを削った結果、文章の中心となる問いがはっきりすることもあります。

書いている段階では、考えながら言葉を重ねること自体に意味があります。最初から無駄のない文章を書こうとすると、考える過程まで止めてしまうことがあるからです。まず書き、その後で読み直し、必要なものと不要なものを分けるという方法もあります。

冗長さを整えることは、単に言葉を減らすことではありません。書きながら広がった考えの中から、読み手へ渡すべき形を選び直すことなのです。

 

まとめ

冗長な文章とは、単に長い文章のことではありません。伝えたい内容に対して、言葉や説明が必要以上に重なっている文章を指します。

意味の重なる言葉を並べる、同じ内容を少しずつ言い換えて繰り返す、本題へ入るまでの前置きが長い、意味の薄い表現や接続詞、修飾語を重ねる。こうした要素が積み重なることで、文章の中心が見えにくくなることがあります。

一方で、詳しい説明や反復が必要な場合もあります。複雑な内容を理解するための背景、専門用語の説明、具体例、誤解を防ぐための条件などは、文章を長くしても読み手の理解を助けます。意図的な反復が強調やリズムを作ることもあります。

そのため、文章を整えるときに重要なのは、単純に文字数を減らすことではありません。「この文は何を伝えているのか」「この説明は新しい情報を加えているか」「削ったときに意味や必要なニュアンスが失われないか」を確認することです。

必要な説明は残し、同じ意味を無意識に重ねている部分を整理する。そうすることで文章は短くなることもありますが、本当の目的は短さではなく、読み手が伝えたい内容へ無理なくたどり着ける状態を作ることにあります。

 

参考資料


文化庁「公用文作成の考え方(建議)」 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/93722801_01.pdf
文化庁「『公用文作成の考え方』の周知について」 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/93650001.html

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